大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)1252号 判決 1966年2月11日
控訴人 山本敬三
右訴訟代理人弁護士 小野昌延
同 安田喜八郎
被控訴人 菱川勇夫
<ほか八名>
右被控訴人九名訴訟代理人弁護士 山本敏雄
同 宮井康雄
同 赤松進
右被控訴人吉本るへ訴訟代理人弁護士 小泉要三
主文
一、原判決を取消す。
二、控訴人に対し、被控訴人菱川は金二五九、〇〇〇円、被控訴人吉本るへは金八六、三三三円、その余の被控訴人七名は各金二四、六六六円宛、及びいずれもこれに対する昭和三六年二月一八日以降各完済に至るまで夫々年六分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。
四、本判決は主文第二項に限り、控訴人において被控訴人菱川に対し金八万円、被控訴人吉本るへに対し金三万円、その余の被控訴人等に対し各金一万円宛の担保を供するときは、夫々仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、控訴人が宅地建物取引の仲介を業とする者であること、被控訴人菱川が昭和三五年七月下旬頃亡吉本幸三郎から本件物件を買受けたこと、亡吉本幸三郎が昭和三九年一月四日死亡し、その妻である被控訴人吉本るへ、及びその子であるその余の被控訴人(但し被控訴人菱川を除く)が、夫々法定の相続分に従って亡幸三郎の権利義務を承継したことは、当事者間に争がない。
二、先ず媒介委託関係の有無について考察するに、
(一)≪証拠省略≫によると、本件家屋は亡吉本幸三郎がその所有の本件地上に建売の目的で建築し、土地付で売りに出していたものであるところ、控訴人は昭和三五年五月頃幸三郎からその売却の仲介斡旋方の委託を受け、物件の青写真(甲第一号証)を受取って買手を物色していたものであることを認めることができ、右吉本るへ本人の供述中右認定に反する部分は採用しえない。
(二)≪証拠省略≫によると、被控訴人菱川はその所有の川西市所在の居宅を他に売却したについて、移転先の住宅を購入すべく、かねて知合の不動産売買業者藤本和正に甲子園方面で探して欲しい旨依頼したので、同人は同年六月頃甲子園口に店舗を持つ知合の同業者である控訴人を紹介し、かくて控訴人は被控訴人菱川から住宅購入媒介の委託を受けて同年七月上旬頃までの間に甲子園方面の売家数軒に同被控訴人を案内して見分せしめたことを認めることができる。
三、次に本件物件の仲介関係について考察するに、
≪証拠省略≫を綜合すると、
控訴人は同年七月上旬頃被控訴人菱川を本件物件及び訴外渡辺正所有の物件(西宮市甲子園口三丁目二八〇番地所在、宅地約七〇坪、及び同地上建物、建坪約四八坪、本件物件と約一〇〇米位離れた個所に存在する新築建売り)に相前後して案内して見分せしめたが、本件物件については売値(六七〇万円)と被控訴人菱川の買受希望値段との間に相当開きがあったので、深い折衝に入らずして同被控訴人は右渡辺の所有物件を買受けることとし、同月一二日控訴人の媒介により右渡辺所有物件を代金五六〇万円で買受ける契約を締結し、同日手付金一〇〇万円を支払ったが、契約後仔細に点検すると、古材を使用したり、雨漏りする個所などがあったほか、全体として粗雑に感じられたので、嫌気がさし、むしろ解約して他の家屋と買替えたいと考えるようになり、その旨控訴人に申出で、合意解除に尽力斡旋方を依頼した。控訴人としては一旦成立した契約を解消せしめることは好まなかったが、被控訴人菱川より代りの家屋買受けの仲介を委せる旨告げられたので、これを期待して渡辺と折衝し、当初解約に難色を示し、手付金全額の没収を主張していた同人を説得して、同月二七日手付金のうち半額を返還して合意解除することに同意せしめた。そして被控訴人菱川は渡辺より金五〇万円の返還を受け、そのうちから金一五万円を控訴人に右解約についての尽力手数料として支払うこととなり、数日後右金員の授受がなされたが(右売買契約における約定では、買主の違約により手付金没収の場合には、そのうち一〇分の三即ち金三〇万円を媒介人たる控訴人において取得しうることになっていたが、右の如き事情、条件で解約となったため、控訴人は菱川から一五万円の支払を受けるに止まったもの)、被控訴人菱川は右解約の話が成立するや、時を移さず控訴人に内密で前示吉本幸三部と本件物件の買受け交渉を始め、右解約の翌日頃控訴人の媒介を排除して直接右吉本との間に本件物件(別紙目録記載の土地、建物)を代金六四〇万円で買受ける契約を締結し、同年八月上旬頃までの間に右代金を支払って本件家屋に入居したことを認めることができ、≪証拠の認否省略≫他に叙上の認定を覆すに足る証拠はない。
被控訴人菱川は、控訴人の仲介による本件物件買受けの話は、渡辺所有物件を買受ける前、控訴人側より値段の点において成立の見込がないと告げられたときに不調に終り、打切られたもので、爾後本件物件については控訴人とは無関係となった旨主張し、被控訴人菱川本人も同旨の供述をするけれども、前掲渡辺との売買契約が解約されることなくして履行された場合はともかく、前示経緯で右契約が成立直後に解約され、被控訴人菱川において次の家屋買受けの仲介を委せる旨告げた以上、同被控訴人と控訴人間の仲介委託関係は原状に復したものと認むべく、さらに控訴人の仲介による本件物件買受けの話が一旦不調に終ったのは、値段の点において売主、買主の間に到底折れ合いの見込がつかなかったからであるというよりも、むしろ被控訴人菱川において本件物件と渡辺所有物件とを比較して渡辺所有物件を選んだ結果によるものであって、当時もし同被控訴人において本件物件に対する買受け意欲が強く、控訴人をして更に折衝を続けしめておれば契約成立の見込も十分あったと認められることは前掲藤本証人及び控訴人本人の供述と、被控訴人菱川がその後僅か二〇日余りの後、簡単に本件物件を代金六四〇万円で買取っている事実から容易に推測し得るところであるから、控訴人の仲介による本件物件買受けの話が一旦不成立に終った段階において、本件物件についての控訴人と被控訴人菱川の関係は断絶したとなす同被控訴人の主張は理由がない。
また被控訴人菱川は、前掲の渡辺との売買契約においては同被控訴人の控訴人に支払うべき仲介報酬は金一〇万円の約定であったところ、控訴人の要求により金一五万円を支払ったから、これにより同被控訴人の控訴人に対する仲介委託関係は一切終了したものである旨主張するけれども、右売買契約に右の如き報酬契約があったことを認めるに足る証拠がないのみならず、すでに認定したとおり右金一五万円は右契約解約についての尽力手数料として支払われたものであり、かつ同被控訴人は控訴人に対し次の家屋買受けの仲介を委せたものであるから、右被控訴人の主張もまた採用し得ない。
その他に、被控訴人菱川と吉本幸三郎間に本件物件の売買契約が成立した当時、右両名の控訴人に対する仲介委託が解除その他の理由によって全く消滅していたことについては何らの主張がないから、当時右委託関係はなお存続していたものと認めなければならない。
四、そこで次に、仲介委託契約の存続中に依頼者が仲介業者の媒介を排除して直接取引をなした場合の報酬支払関係について考えるに、仲介業者がすでに仲介行為に着手し、買受依頼者に物件を紹介し、売却依頼者に買手を引合わせて売買交渉の端緒を作った場合に、もし仲介業者の媒介を排除して直接取引をなすことを許容せんか、仲介業者はその媒介によって取引を成立せしめ、相当の報酬を得べかりし機会を奪われることとなり、その利益を害せられること甚だしいから、仲介業者の媒介を排除するについて正当の理由がある場合は格別、しからざる場合には右仲介行為と直接取引との間に因果関係が認められる限り、仲介業者はその媒介によって取引が成立したものとみなして報酬を請求し得るものと解することが信義則に合致するものといわなければならない。これを本件の場合について見るに、買主被控訴人菱川は控訴人の案内により初めて本件物件を知り、これを見分したものであり、売主亡吉本幸三郎も控訴人の紹介によって初めて被控訴人菱川を買手として知ったものであるから、控訴人は右両名間の本件物件の売買につき機縁、端緒を与えたものと認むべきところ、右両名において控訴人の媒介を排除して直接取引をなすことにつき何ら正当の理由がなかったこと、及び控訴人の右紹介行為と右両名間に成立した本件物件の売買契約との間に因果関係があることは、すでに認定した事実関係、特に右売買契約が控訴人の紹介後僅々二〇日余りの後に締結せられた点より見て明らかであり、当初の控訴人の仲介による本件物件の売買の話が一旦不成立に終ったことや、次いで訴外渡辺正との間にその所有物件について一旦売買契約が成立したことは、前叙の経緯より見て右因果関係中断の事由と認めるに足りないから、控訴人は自らの媒介によって亡吉本幸三郎と被控訴人菱川間に前掲本件物件の売買契約を成立せしめたものとみなして、売主、買主の双方に対し成功報酬を請求し得る権利があるものと認めなければならない。
五、そこで進んで被控訴人菱川及び亡幸三郎が控訴人に支払うべき媒介報酬の額について考えるに、
右当事者間に報酬の支払及びその額について明示の約定が存したことを認めるに足る証拠はないけれども、控訴人と被控訴人菱川及び右吉本との間に無報酬ないし特別に低額の報酬支払の特約の存したことは被控訴人らの主張しないところであり、また報酬額を定めるについて斟酌すべき特別事情の存在も認められず、前掲控訴本人訊問の結果によれば、本件各仲介委託については、本件物件所在地方において通例不動産仲介業者が委託者から支払を受けている報酬を授受する暗黙の了解があったものと認むべく、右認定に反する証拠はない。ところで≪証拠省略≫によれば、本件物件所在の控訴人営業の西宮市においては建設省公認の同市宅地建物取引員会において兵庫県知事指令の報酬基準に基いて報酬規定を定めており、これによれば、売買にあっては、取引価格二〇〇万円以下の金額部分についてはその一〇〇分の五、金二〇〇万円をこえ金五〇〇万円以下の金額部分についてはその一〇〇分の四、金五〇〇万円をこえる金額部分についてはその一〇〇分の三の各割合による金員を、売主、買主の双方から各同額報酬として支払を受ける旨定められており、昭和三五年七月当時控訴人も通例右規定に定めるところに従って報酬の支払を受けており、本件各仲介委託についても取引成立の場合には右規定どおりの報酬の支払を受ける意思であったことを認めることができるから、被控訴人菱川及び亡吉本幸三郎はそれぞれ控訴人に対し売買代金六四〇万円の本件物件の取引につき少くとも控訴人請求の各金二五九、〇〇〇円を報酬として支払うべき義務がある。
ところで右吉本幸三郎が昭和三九年一月四日死亡し、被控訴人菱川を除くその余の被控訴人らにおいてその遺産相続したことは前示のとおりであるから、被控訴人吉本るへ(妻)は金八六、三三三円、その余の相続人である被控訴人ら(子)は各金二四、六六六円を支払うべき義務があること明らかである。
そうすると被控訴人らに対し右各金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三六年二月一八日以降各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は理由がある。
六、以上の理由により、当裁判所は控訴人の本訴請求を全部正当として認容すべきものと認め、これに反する原判決は不当として取消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 奥村正策)